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日常に潜むホラー

ドン

 

 

その場にいる人間の動きが一瞬止まるほどの大きな音がしたらしい。

私の姉(私より20歳年上で父親が違う)はそのとき郵便局にいた。かんぽ生命の保険の説明をおばさんから受けていたそうだ(多分入る気はないので暇つぶしだったと思う)。外から大きな音がし、目の前のおばさんは震えだしたという。

 

 

『今の音は…どうされたんですか』

『あ。。。あ』

 

 

 

完全にブルっていたそうだ。他の手すきの従業員はその場からいなくなった。どうやら音の方へ行ったらしい。その郵便局は埼玉県の寂れた田舎町、そしてさらに駅から徒歩で30分離れた団地内にある。団地はとても古い。壁も汚く、全体的に日のあたらないじっとりしたいやらしさがあった。

 

最初からほとんどいなかった客も、従業員もいなくなった。がくがく震えるおばさんを放って屋内からでることも出来ず、この異常事態に姉は何が起こったかわからないままおばさんの隣によりそったそうだ。音を聞いただけでこの反応はただごとではない。

 

 

 

 

 

 

やっと呼吸を落ち着かせた彼女は

「きっと飛び降り自殺の音よ」

言った。

 

 

姉はハッとしたそうだ。

ああ、あんなに大きな音がするんだ、こんなところで飛び降りる人がいるんだ、飛び出していった従業員の対応力から察するによく起きるのかもしれない、目の前のこの女性がコレだけ怯えるのもうなずける、見に行った人たちは勇気があるな、もしかしたらグチャグチャかもしれないじゃないか。

 

 

 

 

 

 

おばさんはこうも言った「ここに異動してから数年経つけどね、いつかはあると思っていたの」

 

 

 

その時その瞬間に居合わせた姉はなんと不運だろう。

 

 

 

 

いくつか時計の針が進んだあとおばさんは平常心を取り戻し、姉に帰った方がいいわと伝えたそうだ。姉も素直に従った。

 

なぜその日姉は駅から離れたその郵便局にわざわざいったのか?それはその団地が姉が幼少期を過ごした団地だったからだ。懐かしさを感じ赴いた。そして今の暮らしと比べたそうだ。「この団地はずっと変わらないな。今私と母は一軒家に住んでいる。小さいけれど片付いて日が当たるきれいな家だ。ここでの暮らしは貧しくも楽しかったが父親との思い出が強すぎる。父親のことを一度は憎んだが父親が死んだ今、少しおおらかな目で見れるだろうか」と。

 

 

 

姉は郵便局を出る際、野次馬やその現場を視界に入れないように目を背けて原付で帰ったそうだ。

『福岡たんなら見る?』

 

それから一ヶ月経つか経たないかのタイミングで実家を訪れた私に、姉は一連の話をしたあとこう聞いてきた。

 

 

『見ないよお』

私は即答した。

 

 

 

 

 

『だよねぇー』

姉も安心したようだった。

 

 

姉はこうも言った。

『お母さんにもね、見る?って聞いてみたの。そしたらねあの人、「見に行くに決まってる。もう死ぬだけの人生だから一回くらいは見てみたい!もったいないもの」っていったんだよ』

 

 

私の母親は少し変わっている。

でも私も年老いたらそう思うかもしれないな。その年齢なら見なければよかったなんて思わないかもしれないもの。母はドキュメンタリーの本を読むのが好きだ。尚更かもしれないな。母の余生の事を少し考えて、寂しい気持ちになった。

 

 

姉はその後の数日間新聞をくまなく読んだらしい。だがどこにも飛び降り自殺の記事はなかったそうだ。その日団地で起きたその異常はこの世の正常なのかもしれない。でもその小さな異常は、人の気持ちをかき乱すのには充分だ。